【感想】英語の歴史 過去から未来への物語(中公新書、寺澤盾):東大・医学部受験におすすめ?
2008年10月25日初版。
寺澤盾先生は東京大学名誉教授です。東京大学文学部英語英米文学科卒業。2022年現在は、青山学院大学文学部英米文学科の教授をされています。お父さんの寺澤芳雄先生も、中世英語、英語史専攻の東大名誉教授です。本書の「あとがき」では、中学生の頃は、英語に抵抗感を持っていた、とのことですが、結局は、親子でバトンを繋いだのでしょうか。大学時代に英語に興味を持ったのは、皮肉にも、お父さんの書斎の本が原因だったそうです。お母さんも中・高の英語の先生だったそうです。
青山学院大学の寺澤盾先生のサイトには「20世紀以降の現代英語は英語史の研究領域とは見なされていませんでした。」「20世紀以降の英語におこっているさまざまな通時的変化や世界で用いられている英語(Englishes)の多様性が明らかにされつつあります。そうした新たな潮流の中で、「現代英語の多様性と変化」が私の新たな研究テーマとなっています。」とあります。本書も「英語の歴史」という題名ですが、現代の英語にとどまらず、英語の未来についても考察しているのは、先生の問題意識を反映されているのだと思います。
英語での題名も「Chainging English」となっています。
『英語の歴史 過去から未来への物語』を読んでほしい人
世界史をだいたい把握している、英語が好きな高校生以上。
国際語としての英語
本書では、英語の歴史を語る前に、現在の国際語としての英語について述べています。インターネット言語として、広告に使用される言語として、外交・通商、航空・海洋上の通信、学術の世界で使用される言語として。
そして、世界語となった英語の特徴として、ドイツ語やフランス語に比べて語彙数が多いことを挙げています。その理由として、「歴史的に」英語が外国語に対して門戸を開いてきたことを挙げています。
本書は、このような流れで、英語の語彙の増大を中心に、歴史的背景を見ていこう、ということなのだろうと思いました。
英語のルーツ
現在、世界中で15億人に話されている英語ですが、およそ1500年前に英語という言語が形成された頃に、この言語を話していた人達は、ブリテン島、現在のイギリスではなく、デンマークから北西ドイツ、オランダに住んでいたとのことです。
世界史で「ゲルマン民族の大移動」を習います。「ゲルマン民族の大移動」により、彼らはブリテン島に移動してきたので、そう考えれば、そうだよなあ、と思いました。
したがって、現代ドイツ語と英語は、多くの点で似ている、と考察しています。
その他、ゲルマン語とその他の印欧語族(ラテン語に由来する)の差異などについても考察されています。
語彙の増大
先ほど、現在の英語は、ドイツ語、フランス語に比べ、語彙数が多い、と触れました。本書では、世界史上の大事件から、英語の語彙の増大について考察しています。
まず、1066年に、ノルマンディー公ウィリアムによるブリテン島征服がありました。ウィリアム1世の母語はフランス語であり、この頃、大量のフランス語が流入した、としています。
まあ、中国に征服されたわけではない日本にも、漢字が大量に流入している状況などからすると、それはそうだろうなあ、と思いました。
次に、1500年以降、イギリスにもルネサンスが流入し、英語にもギリシア語、ラテン語が数多く導入されることになったとのことです。
日本語にも、ほぼ同じような意味で、異なる表現がありますが、英語にも、そのようなものは多いです。本書では、上記の借用語の多さがその原因である、としています。ウィンストン・チャーチルが第二次世界大戦中に行った演説は、ほぼ、借用語を使わず、本来語のみが使われており、それにより、徹底抗戦の強い意志を込める力を持った、と述べています。
日本語でも、和語のみを意識して使った場合、独特のニュアンス、雰囲気を表現することができるだろうなと思いました。
寺澤先生はこれらの借用のマイナス面について「英語では、語源が異なるため、意味上関連がありながらそれが語形に反映されない語群が数多くあり」学習者にとって、語彙の記憶を難しくさせている、と述べています。
こういうわけで、大学受験生は、単語を覚えるのが大変になっているのですね。
綴り字・発音・文法の変化
本書では、主に、語彙の増大をメインに述べていて、文法の歴史的変化についての記述が少ないことが物足りないのが残念ですが(そのような他書もある)、少しだけ述べられています。英語は、フランス語に比べると、たとえば、定冠詞、不定冠詞などの活用が少ないですが、古英語時代は、活用が多かったようです。活用が減ると、日本の中学生、高校生あたりは喜びそうですが(笑)、英文を読む際に、語形から主語や目的語を区別することが難しくなります。日本語の古文で、敬語から、主体、客体を判断するようなものでしょうね。したがって、英語では、語順がSVOで固定化されていく傾向が強まり、文法関係を明示する前置詞などが発達していくことになる。そして、現代英語では
It rains.
などと、意味上主語がない場合にも、形式的に主語を置かなければならない、と述べています。文法書などでは「天候のit」などと説明されますが、なるほどなあ、と思いました。
また、助動詞において「婉曲表現は使われていくうちに婉曲性・丁寧さが薄れていくので次々に新たな婉曲表現が必要となる」という記述は、現代日本語にも当てはまる普遍的なものなのでしょう。具体的には、must(義務)の意味を表したいのに、少し穏やかなmay(許可)を使う、といった歴史があったのではないかということです。
そういえば、日本でも、コンビニの店員さんなどは「千円からでよろしかったでしょうか?」などと、かなり婉曲的な表現をよく使うなあと思いました。「千円でいいですか」という普通の丁寧表現だと、もはや、それほど丁寧に感じられない、ということですね。
私達も苦労している英語の綴りと発音のずれですが、その要因は様々だが、1つは「発音が古英語以来多様に変化してきたのに対し、綴りは書物などの書記媒体の普及や学校教育によって標準化・固定化される傾向にあり、発音変化が必ずしも綴りに反映されていないからである。」とし、たとえば、handkerchiefのdなど、発音が難しい子音の連鎖により発音の欠落が起きた、外国語からの借用、などの例を挙げています。
綴り字改革も試みられてきたようですが、英語は世界に広まっていて地域ごとに発音が異なること、同音異義語の区別がつかなくなること、関連語が綴りによる関連性が見えにくくなってしまうこと、などから、大規模な綴り字改革は期待できない、とのことです。
英語の未来
寺澤先生は、20世紀以降の英語の変化も研究テーマとされていることは、冒頭で述べました。本書では、それを超えて、英語の未来について考察しています。
英語は国際語としての地位を保ち続けるか。
国際化を念頭に置いた、英語簡略化の試みも続けられているそうです。先述のように、借用語などが原因で、英語の語彙は多く、難しいです。それをできるだけ簡素化する。また、付加疑問文の選択、穴埋め問題は、日本の高校の英文法のテストでよく出ますが、それを簡素化して統一する。先述のように綴りと発音のズレが著しいが、綴りを発音に近づけ、簡略化する流れがますます強まるであろう。
英語を第一外国語として話す人より、第二外国語として話す人のほうがすでに多く、したがって、イギリスやアメリカが、国際語としての英語をコントロールしていくことは、まずまず難しくなるであろう。一方、英語でない言語を母語とする人々が、母語をさっさと捨て去ることはないであろう。言語は文化的アイデンティティと深く関わっているからである。などと述べられています。
英語の歴史の本でありながら、20世紀以降の英語の変化も研究テーマとされている寺澤先生としては、この「英語の未来」の考察については、おそらく、世に向けて強く発信したかった部分ではないか、と思いました。
巻末には、英語の歴史について書かれた他書、英語史年表なども載っています。
塾長も、英語の授業中に、本書で学んだ内容を生徒に話し、少しでも生徒が英語学習に興味を持って臨んでもらえれば、と思いました。
東大・医学部受験におすすめ?
この本を読んでも、受験で点が増えるということはないと思います。ただ、英語が好きな人は、より、英語学習のモチベーションが上がるかと思います。
『英語の歴史 過去から未来への物語』の目次
第1章 国際語としての英語
第2章 英語のルーツ
第3章 語彙の増大
1.英語史の概要
2.古英語期-派生と複合による新語形成
3.中英語期-大量のフランス語流入
4.近代英語期-国際化した借用語
第4章 綴り字・発音・文法の変化
1.綴り字と発音のずれ
2.文法-人称代名詞と助動詞の発達
第5章 英語の拡張
第6章 現代の英語
1.科学技術の進歩
2.環境問題
3.差別撤廃運動
4.性差とフェミニズム
終章 英語の未来
この記事を書いた人
大学受験塾チーム番町代表。東大卒。
指導した塾生の進学先は、東大、京大、国立医学部など。
指導した塾生の大学卒業後の進路は、医師、国家公務員総合職(キャリア官僚)、研究者など。学会(日本解剖学会、セラミックス協会など)でアカデミックな賞を受賞した人も複数おります。
40人クラスの33位での入塾から、東大模試全国14位になった塾生もいました。