【感想・書評】東大のこと、教えます(プレジデント社、小宮山宏):世界の知の頂点を目指して

 

東大教師が新入生にすすめる本(文春新書)

 

【感想・書評】東大のこと、教えます(プレジデント社、小宮山宏):世界の知の頂点を目指して

 

 

『東大のこと、教えます』の著者と信頼性

 『東大のこと、教えます』は2007年発売の本です。
 2005年から2009年まで東大の総長を務められた小宮山宏先生が、東大や日本について語っています。
 小宮山宏先生は1944年生まれ。都立戸山高校から東京大学工学部化学工学科に進学されました。ご専門は、地球温暖化問題対策技術などだそうです。東大総長退任後は、三菱総合研究所理事長、新日本石油社外取締役、JXホールディングス社外取締役などを務められています。
 元東大総長なので、著者の信頼性は絶大と言えます。

 

『東大のこと、教えます』のまえがき

・日本から世界への発信が少ない
・このままでは、日本は「世界の田舎」になる
・環境、エネルギー問題の解決について、最も先進的なモデルを実現しているのは日本
・もはや、模倣や導入が有効な時代は終わったのに、「アメリカでは」「フランスでは」といった「出羽守」が多い。

 したがって、小宮山先生は、「東京大学アクションプラン」をつくりました。東大を「世界の知の頂点」とし、日本、世界の課題解決に役立つ大学とするための決意表明が記されています。このことについても、本書に詳述されています。

 デリダは、西洋中心主義的な思考を脱構築し、中心と周縁の関係を問い直すことを試みました。彼にとって、ある特定の文化や価値観が「中心」として特権化され、他の文化や価値観が「周縁」として排除されることは、問題含みの行為でした。
 この観点から見ると、日本が「世界の田舎」になるという危機感は、まさに西洋中心主義的な思考の産物だと言えるでしょう。「アメリカでは」「フランスでは」といった言説は、西洋の文化や価値観を「中心」として特権化し、日本を「周縁」に位置づける思考の表れなのです。
 しかし、『東大のこと、教えます』は、この西洋中心主義的な思考自体を問い直そうとしているようにも読めます。日本が環境やエネルギー問題の解決において「最も先進的なモデル」を実現しているという指摘は、日本の独自性と優位性を主張するものです。それは、西洋を「中心」とする思考に対する一つの挑戦でもあるのです。
 ただし、ここで注意すべきは、日本の独自性や優位性を主張することが、単なる自文化中心主義に陥る危険性もあるということです。デリダが示唆するように、どのような文化や価値観も、絶対的な正当性を主張することはできません。日本のモデルもまた、常に脱構築の対象となり得るのです。
 この点で、「東京大学アクションプラン」は興味深い試みだと言えるでしょう。東大を「世界の知の頂点」とすることは、日本の独自性を主張すると同時に、世界との対話と交流を促進するものでもあります。それは、自文化と他文化の境界を絶えず横断し、新たな知の可能性を切り拓く営みだと言えると思います。
 ただし、ここでもまた、「世界の知の頂点」という言葉自体が、一つの中心化の言説であることに注意が必要です。真の意味での知の探求とは、あらゆる中心化の言説を脱構築し、絶えず周縁へと開かれ続けることだと思います。
 『東大のこと、教えます』のまえがきと「東京大学アクションプラン」は、私たちに知のあり方の本質的な問いを投げかけているように思えます。それは、自文化と他文化の境界を絶えず横断し、中心と周縁の関係を問い直しながら、新たな知の地平を切り拓いていく営みなのです。そのような脱構築と再構築の果てしない運動こそが、私たちを真の意味での「知」へと導くのではないでしょうか。

 

東大の世界ランキングは?

小宮山先生は、本書で「東大は「総合力」では世界一だ」と語っています。

「人間とはなにか」を学ぶ文学部、「自然とはなにか」を追求する理学部、幅広い見識と知的能力を磨く教養学部、これら三学部が総合大学としての東大の中核部分にある。その周りに、法学、経済学、工学、医学、薬学、農学といった実学がある。さらに多くの研究所やセンターが最先端の研究を担う。これが東大の基本構造であり、ここまできちんとした構造をもっている大学は世界でも少ない。

 たとえば、世界一の大学といえば、ハーバード大学が思い浮かびがちですが、ハーバード大学は、医療以外の理系の実学が弱いとのことです。

 2006年の世界大学ランキングについては、この年、東大は16位でした。しかし、アメリカの週刊誌(NEWSWEEK)の評価なので、英語を使う国が圧勝で、ドイツ、フランスの大学は30位以内に一校も入っていない。こうした状況も把握せず、欧米は日本より進んでいるという前提の議論は時間の無駄である、としています。

 デリダは、あらゆる二項対立的な思考を脱構築し、それらの間の階層関係を問い直すことを試みました。彼にとって、一方の項が特権化され、他方の項が下位に位置されることは、問題含みの行為でした。
 この観点から見ると、世界大学ランキングは、まさに大学間の階層関係を固定化する装置だと言えるでしょう。ランキングは、特定の基準に基づいて大学を序列化し、「上位」と「下位」の区別を生み出します。それは、大学の多様性や独自性を捨象し、一元的な価値基準を押し付ける行為なのです。
 しかし、小宮山先生は、このランキングの問題性を鋭く指摘しています。英語を使う国が圧勝するランキングは、言語の多様性を無視した、自文化中心主義的な評価だと言えます。また、ドイツやフランスの大学の順位の低さは、ランキングの基準がいかに恣意的で偏ったものであるかを示しているのです。
 この点で、東大の「総合力」を強調する小宮山先生の議論は、ランキングの一元的な価値基準に対する挑戦だと読めます。文学、理学、教養学という三学部を中核に、実学と最先端の研究を有機的に結びつける東大の構造は、多様性と独自性を重視する教育モデルだと言えるでしょう。それは、ランキングの画一的な基準では測れない、大学の真の「強み」を示すものだと思います。
 ただし、ここで注意すべきは、「総合力」という概念自体が、一つの価値基準であることです。どのような価値基準も絶対的なものではなく、常に脱構築の対象となり得ます。「総合力」もまた、ある特定の教育モデルを特権化する言説である可能性があるのです。
 したがって、真の意味での大学の評価とは、あらゆる価値基準を相対化し、絶えず問い直していくことなのかもしれません。それは、ランキングの一元的な基準に依拠するのでもなく、「総合力」という概念に固執するのでもない、大学の多様性と独自性を尊重する態度だと思います。
 小宮山先生の議論と世界大学ランキングの問題は、私たちに大学のあり方の本質的な問いを投げかけているように思えます。それは、あらゆる価値基準を脱構築し、大学の多様性と独自性を尊重しながら、新たな教育と研究の可能性を切り拓いていく営みだと思います。

 ただ、2023年現在、おそらく日本の大学は凋落を続けていて、欧米のみならず、アジアとの比較の時代になっていると思います。今、アジアの大学と比べた時、小宮山先生は何を語るでしょうか?

 

東大の先生、研究のレベルは?

 東大の教授、助教授(現在は准教授)約2,500人のうち、三分の一は世界で通用するレベルとしています。学問の世界は非常に細分化されているので、細分化された分野ごとに考えると、そう言えるそうです。
 実際に先生の名前を列挙されています。たとえば、この本は2007年発売ですが、2015年にノーベル賞を受賞された梶田隆章先生の名前も見られます。たしかに、実際に世界トップレベルだったのだなあ、と思いました。

 ただし、知識を細分化し、専門家の権威に委ねることは、知の全体性を見失わせる危険性があると思います。それは、知識の断片化と権力化を促進し、知の自由な探求を阻害しかねません。
 この観点から見ると、学問の細分化は、知の全体性を捉えることを困難にする側面があると言えるでしょう。細分化された分野ごとに専門家が存在し、その権威が強調されることで、分野間の有機的な連関が見えにくくなります。それは、知の総合的な理解を妨げ、専門家の言説に依拠する受動的な態度を助長しかねません。
 いっぽうで、東大の教授陣の質の高さを強調する小宮山先生の議論は、この細分化の問題に一石を投じるものだと読めます。三分の一の教授が「世界で通用するレベル」だという指摘は、専門分野における最高水準の知見を追求する東大の姿勢を示すものです。それは、細分化された知の最前線に立ち、その限界を乗り越えていく営みだと言えるでしょう。
 ここで注意すべきは、「世界で通用するレベル」という評価自体が、一つの価値基準であることです。どのような評価基準も絶対的なものではなく、常に脱構築の対象となり得ます。「世界で通用する」という言説もまた、ある特定の学問観を特権化する可能性があります。
 また、個々の教授の卓越性を強調することは、知の個人化を促進する危険性もあります。知の探求とは、個人の才能や業績に還元できるものではなく、言語や文化、歴史といった共同性の中で生成するものだと思います。
 したがって、真の意味での知の追求とは、専門分野の深化と知の総合化を同時に進めていくことなのかもしれません。それは、細分化された知の最前線に立ちながら、常にその限界を問い、分野間の対話と交流を促進する態度だと思います。そのためには、個々の教授の卓越性を認めつつも、知の共同性と全体性への視座を失わないことが重要でしょう。
 東大の教授陣の質の高さと学問の細分化の問題は、私達に知のあり方の本質的な問いを投げかけているように思えます。それは、専門分野の深化と知の総合化を同時に追求し、知の共同性と全体性への視座を保ちながら、新たな知の地平を切り拓いていく営みだと思います。

 

東大に新しい学部を作るなら?

 ビジネススクールだそうです。
 たしかに、日本人がビジネススクールに通おうと思った場合、一橋や早慶にもありますが、東大にはありません。東大卒の場合、アメリカの大学院に通って、MBA(経営学修士号)を取得する、という場合が多いと思います。
 小宮山先生は、総長に就任してすぐに、動いたそうですが、実現には至らなかったそうです。

 実現に至らなかったのには、いくつかの要因が考えられるでしょう。一つには、東大の伝統的な学問の枠組みや教育方針とビジネス教育の実践的なアプローチとの間に文化的なギャップがあった可能性があると思います。また、資金調達や適切な教員の確保、カリキュラム開発など、新しい学部を設立するための具体的な課題があったかもしれません。

 しかし、その後、東大は社会人向けの「東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム」(東大EMP)を設立しており、これはビジネススクールとは異なるアプローチで、経営やリーダーシップに関する教育を提供しています。東大EMPは、従来のMBAプログラムとは異なり、課題設定能力を重視し、社会や未来を拓いていくリーダーを育成することを目指しています。

 このように、東大はビジネススクールの設立には至らなかったものの、社会の変化に対応し、新たな時代のリーダーを育成するための教育プログラムを提供していることがわかります。これは、東大が学問の伝統を守りつつも、社会のニーズに応える柔軟性を持っていることを示しており、今後もそのような取り組みが期待されます。

 

ビル・ゲイツを客員教授に呼ぶなら?

 ビル・ゲイツは、特に口説かなくとも、客員教授として短期の講義はいつでもやってくれるだろう、とのことです。
 その他、オラクルの創業者のラリー・エリソン氏は、大変な日本びいきだそうです。実際に、本郷キャンパスで講演をしたこともあるそうです。ラリー・エリソン氏のカリファルニアの自宅は、京都の桂離宮を、そっくり模した建物だそうです。
 また、小宮山先生は、国際的なネットワークが必要だと考え、タイの王女やダボス会議の創設者などをメンバーとした組織に助言をもらっていたそうです。

 文化的な境界を越えた交流や対話は重要だと思います。異なる文化や言語の間の出会いは、自己同一性を揺るがし、新たな思考の可能性を切り拓くと思います。それは、自文化の枠組みを相対化し、他者の視点を取り入れることで、より豊かな知の地平を切り拓く営みだと言えるでしょう。
 この観点から見ると、東大とグローバルリーダーとの交流は、文化的な境界を越えた知の交流の一つの形だと捉えることができます。ビル・ゲイツやラリー・エリソン氏といった世界的なリーダーが東大で講義や講演を行うことは、異なる文化や価値観の出会いの場を創出するものです。それは、東大の知的環境を豊かにし、学生や研究者に新たな視点と発想をもたらす可能性を秘めています。
 また、小宮山先生がタイの王女やダボス会議の創設者らとのネットワークを重視していることは、知のグローバル化の重要性を示しています。国や文化の枠を越えた知の交流は、地球規模の課題に対応するための不可欠な条件だと言えます。それは、多様な視点と知見を結集し、新たな解決策を生み出す土壌を作ると思います。
 ただし、ここで注意すべきは、グローバル化の名の下に、特定の文化や価値観が一方的に押し付けられるリスクがあることです。グローバル化は時として、強者の論理を押し付ける装置として機能することがあります。真の意味での知の交流は、あくまでも対等な立場に基づく対話と相互理解なくしては実現し得ないと思います。
 東大とグローバルリーダーとの関係は、私達に知のあり方の本質的な問いを投げかけているように思えます。それは、文化的な差異を越えた対話と交流を通して、知の地平を拡げていく営みだと思います。そのような差異の中の対話こそが、私たちを新たな知の可能性へと導くのではないでしょうか。同時に、グローバル化の影に潜む権力の問題にも自覚的でなければなりません。真に対等な文化間の対話と相互理解の実現に向けて、私たちは常に努力を重ねていく必要があるでしょう。

 その他、東大の抱える課題、日本の抱える課題、特に、国際的な視点から語られている部分が印象的でした。

 

『東大のこと、教えます』の目次

1.東大にしかできないことがある
2.東大がニッポンを変える
3.東大だってお金がほしい
4.【番外編】東大総長の胸のウチ
特別対談 小宮山宏VS梅田望夫

 

『東大のこと、教えます』の出版社の実績と信頼性

 『東大のこと、教えます』の出版社の出版社はプレジデント社です。ビジネス雑誌『プレジデント」や家庭・教育雑誌『プレジデントファミリー』などを出版しています。単行本も、『企業参謀』(大前研一)など主にビジネス系のものを出版しています。出版社の中ではかなり信頼性が高い部類だと考えられます。

 

キムタツの東大に入る子が実践する勉強の真実(KADOKAWA)

東大脳の作り方(平凡社新書)

東京大学文系・理系数学 傾向と対策と勉強法

 

この記事を書いた人

大学受験塾チーム番町代表。東大卒。
指導した塾生の進学先は、東大、京大、国立医学部など。
指導した塾生の大学卒業後の進路は、医師、国家公務員総合職(キャリア官僚)、研究者など。学会(日本解剖学会、セラミックス協会など)でアカデミックな賞を受賞した人も複数おります。
40人クラスの33位での入塾から、東大模試全国14位になった塾生もいました。

大学受験塾チーム番町 市ヶ谷駅100m 東大卒の塾長による個別指導

Twitter