大学受験の勉強法の本:勉強の哲学 来たるべきバカのために(文藝春秋、千葉雅也)

 

【感想・書評】勉強の哲学 来たるべきバカのために(文藝春秋、千葉雅也)

 

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『勉強の哲学 来たるべきバカのために』の著者と信頼性 

 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』の著者の千葉雅也先生は立命館大学の准教授(その後教授になりました)です。東大卒。フランスにも留学し、哲学、表象文化論を専攻され、フランス現代思想の研究と美術、文学、ファッションなどの批評を連関して行っているそうです。他に『現代思想入門』(講談社現代新書)などの著書があります。
 有名大学の教授なので、信頼性は絶大と言えます。

 

『勉強の哲学 来たるべきバカのために』の感想、書評

 本書は、東大、京大でも売れたそうです。一言で言えば、自己啓発と自己破壊の間で揺れ動く、普遍的な「勉強」の問いを提示してくれる作品です。

 

勉強とは自己破壊である

 千葉雅也先生は「勉強とは自己破壊である」とおっしゃいます。
 環境の中で「こうするもんだ」という「ノリ」に合わせていた「ただのバカ」から、別の考え方=言い方をする環境へ引っ越し、「来たるべきバカ」になることであると。
 たとえば、大学受験塾チーム番町から800mほどの靖国神社には、大村益次郎像が立っています。「あの銅像は大村益次郎像だよね」くらいが普通の「ノリ」でしょう。
しかし、大村益次郎について勉強すると、家業は長州の村医者で、大坂適塾で蘭学を学び、塾頭として頭角を現して、宇和島藩では黒船を作り、江戸では、幕府の学問所の教授を務めるとともに、大村益次郎像から番町側に行ったあたりで「鳩居堂」という蘭学(数学、物理学、化学、オランダ語など)の塾を開いていて、長州藩にスカウトされ軍務大臣のような職務に就き、幕府の第二次長州征伐では司令官として幕府軍を押し返し、戊辰戦争では江戸城で総指揮を採った、などということがわかります。
 こんなことをベラベラと話しだしたら、「ノリが悪い」「キモい」「周囲から浮いている」人だと思われることでしょう。本書では、そうなることが「勉強」だとしています。
 いやあ、レベルが高い「勉強」ですね。周囲から浮いて、変なやつだと思われる覚悟が必要ですね。勉強とは恐ろしいものだな、と思いました。これまでの自己という概念を壊し、新たな視点や思考方法を受け入れることは極めて挑戦的であり、安定した自己を捨て去ることでしか、真の理解や学びが得られないという思想に深く共感しました。

 

「勉強しなさい」について

 『メイキング・オブ・勉強の哲学』のほうでは「勉強しなさい」という言葉について、少し語られています。世間一般の「勉強しなさい」は、「そこそこ稼ぎのある勤め人になってくれればいい」という程度であって、逆に、深くものを考えてヤバいこというやつになっちゃ困ると思っている、としています。勉強は恐ろしいことであると。
 深くものを考えると、塾長のように、世の中の塾、予備校は、間違っているのではないか、という「ツッコミ」(すぐ下で述べます)、ちゃぶ台返しを始めることになります。また、そもそも現在、大学の研究や、現場の気鋭の指導者によると、「勉強しなさい」というのは、逆効果、ということになっています。子供が本書のように勉強すると、逆に親は「勉強しなさいと言うのは逆効果だということは、大学の研究なんだけど、そんな事も知らないの?そっちこそ勉強すれば?」と言われることになりますね(笑)。
 さて、それでも、世間の保護者は子供に「勉強しなさい」という勇気があるでしょうか?「勉強しなさい」と言うほうも、その発言の意味を、深掘りする必要があると思いました。

 

ツッコミ

 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』では、いわゆる漫才でいう「ツッコミ」について「アイロニー」という用語を使っています。たとえば、学校へ行く、テストでいい点を取る、というのは、普通の「ノリ」でしょう。
 ここで自分にツッコミを入れます。「なぜ学校に通っているのだろう」「なぜテストでいい点を取らなければならないのだろう」。すると、「学校」とはなにか、「テストとはなにか」、「勉強とはなにか」(まさに、本書のテーマ)など、深いテーマが開けてくるはずです。
 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』では、「アイロニー」は「根拠を疑うこと」としています。「なぜ学校に通っているのだろう」「なぜテストでいい点を取らなければならないのだろう」なども、根拠を疑っています。また、東大を目指すなら予備校の「東大コース」に通う、医学部を目指すなら予備校の「医学部コース」に通うことは普通のことと思われがちです。しかし、「本当に東大数学なんてあるのだろうか」「本当に医学部英語なんてあるのだろうか」と根拠を疑ってみることが大切なのだと思います。

 

ボケ

 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』では、いわゆる漫才でいう「ボケ」について「ユーモア」という用語を使っています。「ユーモア」とは、見方を変えること、「ノリ」を「拡張」すること。
 先述の大村益次郎についてこまごまと語るのも、「ノリ」の「拡張」ですね。逆に、靖国神社について話をしているときに、大村益次郎像の話に「縮減」して、大村益次郎についてこまごまと語りだすのは「ノリ」の「縮減」でしょう。
 「なぜ?」と問い続けることと、見方を変えて新たな視点を持つことの両方が、深い学びと理解へと繋がることを示しています。この視点は非常に新鮮であり、自己の認識や世界の理解を深めるための新たな道具として使えると感じました。

 さて、塾長は、なぜ、大村益次郎について語りたいのでしょうか。それは、語ることが楽しいからです。「享楽」に浸っているからです。本書では、「縮減的ユーモア」は「享楽的こだわり」のために口を動かしている、とします。

 「やりたいことが見つからない」「大学の志望学部がわからない」といった人は多いと思います。そういう人は、自分は何が楽しいのか、「享楽的こだわり」を考えてみるといいのかな、と気付かされました。

 

勉強の有限化

 「ツッコミ」「アイロニー」によって「なぜ?」を「追求」するにせよ、「ボケ」「ユーモア」によって「連想」を「拡張」するにせよ、上記のこのような問いは無限に深まります。
 そこで勉強は有限化する必要があります。
 たとえば、大学受験の日本史では、「大村益次郎」と書かされたり、選択させられたりすることはあっても、大村益次郎の家業が村医者であったり、番町で「鳩居堂」という蘭学の塾を開いていたことは、まず問われないでしょう。

 どうやって勉強を有限化するか。

 

教師は有限化の装置である

 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』では、教師は有限化の装置である、とします。
 たとえば、上記のように、大学受験では、大村益次郎の家業が村医者であったりすることは問われません。しかし、世の中の大学受験塾、予備校では、大学受験に出題されないことを講義することによって、受験生を引きずり込む、他者との差別化を図る、といった手法がよく行われるようです。数学や物理や化学で、必要のない大学レベルの概念を持ち出す。「東大日本史」は資料読み取り型で細かい知識は必要ないのに、私大のような知識偏重の授業を行う、など。有限化として働くどころか、受験生を「ノリ」の「拡張」の泥沼へと引きずり込んでゆくのだと思います。そして、大学合格からは遠ざかってゆく。
 大学受験塾チーム番町では、例えば、数学は、教科書を理解し、チャート式やFocus Gold(啓林館)あたりを全問解けるようにして、少し入試問題に慣れれば、東大や医学部に合格できる、と勉強を有限化しています。その根拠は、模試や過去問について実際に、「この問題はFocus Goldのこのページを理解していれば解けたよね」「この問題は解けなくても合格点に達するよね」といった検討をする、具体的事実を示すことだと考えています。

 

「信頼できる他者」とは?

 世の中には、様々な教育、勉強法の本が存在します。
 お子さん4人を東大理Ⅲに「入れた」ママの教育論。東大法学部卒、元財務官僚で現在は弁護士の「7回読み勉強法」。などなど。
 さて、学生、受験生、保護者は、何を信じればいいのでしょうか?

 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』では、「信頼に値する他者は、粘り強く比較を続けている人である」「「勉強するにあたって信頼すべき他者は、勉強を続けている他者である」とします。つまり、その人たちは、「研究」「学問」に属している人、ということになります。
 つまり、勉強の足場とすべきは「ネット」や「一般書」ではなく、「専門書」「研究書」であるとします。
「専門書」「研究書」は、専門分野の業界や学問の世界に直接・間接の関わりがあり、同種のテーマに関する他者との建設的な議論が背景にあるから信頼性の根拠がある、とのことです。
 したがって、教育論や勉強法について、信頼すべきは、大学の研究に基づく本ということになります。
 大学受験塾チーム番町では、教育論、勉強法について、なるべく、大学の研究に基づく本、または、それに準ずるサンプル数のある本、をおすすめしています。

大学受験塾チーム番町オススメ 教育の本5選

大学受験塾チーム番町オススメ 勉強法の本5選

 大学受験塾チーム番町では、数学、物理、化学の授業で、一番基本の部分の理解に検定教科書を使います。その理由の1つに「共著であり、文科省の検定を通っている」があります。著者の言う「信頼性の根拠」に近いのだと思います。
 教科書検定制度にも弊害はあるでしょう。しかし、現状、数学、理科の教科書は「なぜそうなる」という理解の部分がしっかり書かれていることが多いのに対し、市販や塾の教材は問題の解き方が書いてあるだけのことも多いです。

 トップレベルの中学、高校に合格した人が、高校の数学や理科で挫折する、というのは非常に多い話です。塾長は、この原因の1つは、検定教科書を軽視し、「信頼性の根拠」に欠ける場所に学習の足場を置いたため、教科書に書いているような「なぜそうなる」という理解をせずに、問題の解き方だけを覚えるような悪いクセが身についてしまうからではないかと思います。

 また、法学部に興味がある人へ経済学部に興味がある人へのページでは、予備校の先生が書いた入門書とともに、学者の先生が書いた本を紹介しています。これも、著者の言う「信頼性の根拠」に近いと思います。

 本の「信頼性」を前提として、読む本をどのように比較し決めるか。著者は「享楽のこだわり」で、自分なりに、主観的に決めるとします。

 

享楽

 上記「ボケ」の項で、塾長が大村益次郎について語りたいのは、楽しいから、「享楽」に浸っているから、と述べました。
 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』では、勉強を有限化するためには、比較を中断する必要があり、そのためには、信頼できる情報を比較する中で、自分の享楽的こだわりによって足場を定める、しかし、それを絶対化しないことが必要、とします。
 これは、科学的根拠に基づいた情報を比較し、自分自身の見解を形成することの大切さを教えてくれます。また、その情報を享楽的に選びながら、絶対化しないというバランス感覚は、情報過多の現代社会での賢明な選択方法を示唆しています。
 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』では、「享楽のこだわり」は自分のバカの部分で、おそらく変化可能である。自分の根っこのバカさを変化させる。そのために、欲望年表をつくり、発端にある出来事と出会い直そうとする。別のしかたでバカになり直す。ことを勧めています。
 これが「来たるべきバカ」だそうです。
 「来たるべきバカ」という概念は、自己変革のプロセスを象徴しています。自分自身の「バカさ」を認識し、それを変化させていくことで、新たな自己として生まれ変わることを勧めています。これは、自己成長の絶え間ない旅であり、その中で常に変わり続けることの美しさを示しています。
 先述した、「やりたいことが見つからない」「大学の志望学部がわからない」といった人にも「欲望年表」は有効なのかもしれないな、と思いました。

 本書は、ただ知識を蓄えるだけの「勉強」ではなく、自己を見つめ直し、視点を変え、常に新たな自己を追求する「勉強」の方法を探求しています。これは、知識だけでなく、自己理解と自己成長に重点を置いた教育観を提唱しているとも言えます。この視点は、現代の教育や自己啓発において大いに参考になると感じました。

 この作品を通じて、私たちは自己とは何か、自己成長とは何かを問い直す機会を得ます。そして、そのプロセス自体が「勉強」であり、その中で新たな自己を発見し、自己を破壊し、再構築するという千葉雅也先生の「勉強の哲学」に触れることができます。

 また、先生が提唱する「アイロニー」と「ユーモア」の視点は、物事を見る新たなレンズとして、私たちの思考を豊かにしてくれます。これは、様々な事象や情報に対する理解を深め、自己の世界を拡げるための有効な手段となり得ます。

 さらに、「信頼に値する他者は、粘り強く比較を続けている人である」という言葉は、学びのパートナーとして適切な人を選ぶためのヒントを与えてくれます。これは、自己の学びや成長をサポートする人を見つけるための重要な視点を提供してくれます。

 最終的に、千葉雅也先生の『勉強の哲学 来たるべきバカのために』は、一見すると単なる「勉強法」の本かと思えますが、その実、人間の自己成長という深遠なテーマに挑戦した勇敢な作品です。私たちが自己とは何か、そして、どのように自己を超えていくべきかについて、深く考えるきっかけを与えてくれます。このような作品に出会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

 

塾長の私見

 著者は「勉強→引っ越し」という順番で考えているようです。もちろんそれもいいと思います。
 ですが、逆に、「先に引っ越して、勉強のきっかけを得る」という考え方も大切ではないでしょうか。

 たとえば、東大に20~30人受かる高校と、東大に2~3人ほど受かる高校があったとしましょう。
 高校の授業が教科書とやや上(数学ならチャート式レベル)を扱うという点では、そう変わらないのではないでしょうか。現実に、東大に20~30人受かる高校の下位層より、東大に2~3人受かる高校の上位層のほうが進学実績はいいでしょう。
 ただ、上位層だけを比べるとき、おそらく「環境のノリ」の差が大きいと思います。日常会話の知的レベルも若干違うでしょう。また、中学、高校入試の時点で「何が何でも○○中・高」と思ったか否かの「ノリ」も差を分けるような気がします。
 なるべく大学進学実績のいい高校に入るメリットの1つは、「環境のノリ」にあると思います。

 行動遺伝学によると、能力は遺伝要因が5割ほど、環境5割ほどだそうです。家庭や学校の「環境のノリ」は大きそうです。家庭や学校で日常的に知的な会話が行われる、東大に入るのはアタリマエ、などの環境があれば、大学受験もうまくいきやすいでしょう。

 高校生は普通、家庭を「引っ越し」ませんから、「引っ越す」きっかけは、中学入試、高校入試、だったでしょう。もちろん、これから迎える大学受験も「引っ越す」きっかけでしょう。
 そして、引っ越した先の「ノリ」に合わせるには「勉強」が必要になりますね。

 題名にもあるように、『勉強の哲学 来たるべきバカのために』の背景には哲学があります。倫理の教科書を読んでいると、少し読みやすいかもしれません。

 

『勉強の哲学 来たるべきバカのために』の出版社の実績、信頼性

 『勉強の哲学 来たるべきバカのために』の出版社は文藝春秋です。雑誌「文藝春秋」は、文学、政治、社会問題など幅広い分野の記事が掲載されている総合雑誌です。また、芥川賞・直木賞の最新情報も掲載されています。「文春文庫」は、たとえば、司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『翔ぶが如く』など、ベストセラーやNHK大河ドラマ化、スペシャルドラマ化された作品が文庫化されています。
 「文藝春秋」「文春文庫」の実績、信頼性は抜群と言えます。

 

この記事を書いた人

大学受験塾チーム番町代表。東大卒。
指導した塾生の進学先は、東大、京大、国立医学部など。
指導した塾生の大学卒業後の進路は、医師、国家公務員総合職(キャリア官僚)、研究者など。学会(日本解剖学会、セラミックス協会など)でアカデミックな賞を受賞した人も複数おります。
40人クラスの33位での入塾から、東大模試全国14位になった塾生もいました。

大学受験塾チーム番町 市ヶ谷駅100m 東大卒の塾長による個別指導

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